2009年07月21日

7月21日

「三面だるま焼き」。普通の顔・笑顔・横顔のうち横顔が一番人気。みんなもだるま好きじゃん。
すずしい。フジの天気心配。準備はまだまだだけど携行食の準備は完璧。ラムネ。小梅干。塩昆布。黄金の疲労回復3点セット。
もはや完全にフジ脳。落ち着きなし。

2009年07月20日

7月20日

朝4時半起きで高崎へ。仕事。
3連休最終日、海の日の河川敷は人が少ない。暑いし。人気のない河川敷を延々とぶらぶらしながらRCを絶唱するという仕事と成り果てぬ。近くの球場から応援の演奏が聞こえてきて、「うわぁ甲子園…」と絶句。なんだか感慨深くて。
帰り、16時時点でだるま弁当はあったがお目当ての岩魚鮨は売切れ。だるまフューチャーの土産菓子がたくさんあってくらくらする。「三面だるま」なる人形焼的なものを購入。
3連休最終日の新幹線はそれなりの混みよう。大宮まで席なし。いやはや。

2009年07月19日

7月19日

前日暑すぎて寝つきが悪くぼんやり。
以前から気になっていた、自転車で15分ほどの蕎麦屋へ。「吉田屋玄庵」。店主一人でやっているから待たされるという評判だったけれど、入ったときにはちょうど前客の蕎麦が出たところらしく待ち時間なしで蕎麦。ざる。蕎麦の繊細なうまさなんてよく分からんけど、おいしいなあと思って最後までぺろりといただく。ツユがやたらうまくて蕎麦湯まで幸せに頂く。ああ、そば茶もすごくおいしいそば茶だった。うっとり。次回は鴨つくねだな。

2009年07月18日

7月18日

早稲田松竹で『イージーライダー』と『ファイブ・イージー・ピーセス』。
後者は初見。実は裕福な音楽家一家に生まれたピアノの名手という設定は、ジャック・ニコルソンの悪人顔とどう折り合いをつけたらいいのか…。答えはニコルソンよりあくの強い俳優を脇に置く、だな。途中で逮捕される仲間の笑い方が異常すぎる。でもまあ、それ以上に車の中で一人切れて暴れるニコルソンが異常だけど。あの「唐突」と思わせる切れ方はすばらしすぎる。映画自体は雰囲気で作ってるような感じでちょっとだれた。
『イージーライダー』。これもだれる所がありつつ、結局ジャック・ニコルソンに全部持ってかれた。記憶からはニコルソン部分がごっそり抜け落ちていたのがとてもナゾ。若き日の私には受け入れられなかったのか。ウイスキー飲んで「ニッニッニッ!」てなんですか。「ニッ」といえば私の中では『モンティ・パイソンズ・ホーリーグレイル』の「ニッの騎士」なわけだが、で、「ニッ」って何なんですか。

どっちも翻訳の言葉が硬くて時代を感じたなあ。『イージー・ライダー』の曲名表示にいたっては発音に忠実にしようとするあまり逆によく分からなくなるという現象。

2009年07月17日

7月17日

あと1週間切った。フジ用にこまごまとした消耗品を買わねば。
今年は友人主催ネコバスが出ないのでみんなの動向が分からん。みなさんどうやって行きどこに泊まるのやら。友人の車に空きがあるらしい。水曜深夜に出発するガッツのある人いかがですか。

極私的にタイムリーな鬼平スペシャル。キャラモノとして楽しんで見た。しかしこのキャストでいつまで続けられるのか…。年齢…。

2009年07月16日

7月16日

バウスにて爆音『NOISE』。
こんなにストイックなフェス映画(番組でも)観たことないや。ただひたすら出演者たちのパフォーマンスと、映像のオーバーラップ。
ワールド&ノイズ&リーディングなパフォーマンス群は「アート・ロック・フェス」という名前のとおり、音楽よりアートフェスと捉えたほうが分かりやすいかも。何度も意識と目・耳が乖離。集中力を必要とする映画です。いや、好きな人にはたまらないはず…
せめて爆音で良かった、というかこれは爆音以外にどうやってみるんだ?中身の音は爆音で聴くべき種類の音だし、セリフ一切ないし。絶対的に爆音を要求とする映画なのでは。小さい音で観ることが想像できない。
中で使われていた映像、長江みたいなところを船団が進むのは何の映像だろう。使用映像ももうちょっと観たかったかも。
この映画の自由気ままに動き回るカメラの映像は、音をその場でサンプリングしてどんどん音に重ねていくように、音に重ねるために現場で映像をサンプリングするというイメージ。音と映像のコラボがこのフェスのひとつのスタイルなのだとすれば、これは「記録」ではなく、この映画自体がフェスの中に回流してメビウスの輪をつくる、フェスの「一部」になるための映像。もしそうだとすれば余計に爆音以外ありえないな。
しかしアサイヤスの女好き。ボーカルに女性が入ると他メンバー映らないねえ。

今日は往復自転車。復路にて自己ベスト更新。汗みどろ。

2009年07月15日

7月15日

自転車で11kmしかも坂少なめは大した距離ではないのだが、道に慣れてしまうと漕いでる間暇。本読めないし、耳塞ぐと危ないから音聴けないし。途中にポニーがいることもあるけど。

2009年07月14日

7月14日

アパートの階段にはネコが付属している。
階段を通ろうとすると、しばらく見つめあった後にいかにも「ええー本当に来るのおー」と迷惑そうに逃げていく。毎回。人というものはね、階段を通らないと2階から1階に行けないのだよ。いや、きみたちもそうなのだからいい加減おぼえてくれたまへ。顔見知りとしての愛想を振りまいてほしいなあ。

2009年07月13日

7月13日

開け放した窓からそよぐ風を受けながら畳にころがって本を集中して読む、というシチュエーションには必ず、小学生の夏休みか!と脳内つっこみが入る。それはイコール、贅沢な時間をすごしているぜ!という自己内確認でもあるのだな。
我が家の虫除けは本日より金鳥渦巻蚊取線香缶入り(ふた部分で蚊取線香が焚けるアレ)。にっぽんのなつはじめました。

2009年07月12日

7月12日

ヴェーラで『女囚701号さそり』と『銭ゲバ』。
なんというか…。こういう映画もあるんですね、という勉強になりました。いや、こういうジャンルと言うべきか。劇画って…。ホモソーシャリズム全開。特に『さそり』の方。男妄想でもこの前に観た神代辰巳の『赤い髪の女』とはまたまったく違うジャンルなんだなあ。
どちらも突っ込みどころ満載過ぎて、放置するしかない状態。とはいえ90分前後にきちんと(?)まとまって、だらけずに観ることができた。いや、あくの強さに呆然としていた、が正解かも。
さそりの梶芽衣子はとにかく美しく、銭ゲバの唐十郎はゆるみきったその体ができあがりすぎ。金色スーツの副社長…。どちらも挿入歌が秀逸。

都議選。たまには自分の投票した人に当選してほしいよう。民主党が大勝するのは必然の流れなれど、その分無所属が大幅減少なんだろうな。無所属のぶんまできっちりやっていただきたい。国政選挙への勢いづけだけに使ってほしくはないぞ。

2009年07月11日

7月11日

バウスにて『扉をたたく人』。
ジャンベに惹かれて観にいったので、欲を言えばもう少しジャンベシーンがほしかった。公園のドラムサークルシーンはフジの奥地を思い出して心が騒いだけど。最後の地下鉄ジャンベはあと3分続いて良し。なんならそのままエンドロールにつながっていただきたい。
映画としてはかなり地味だけれど、その地味さが「わたしたち」力を持たないものを描くうえでは必然だったのかもしれない。不法滞在者のあまりにもあっけない消失も、ただそれが「現実」ってことなんだろう。劇的な展開や救いやヒーロー的活躍など登場するわけもなく、法は法を執行していく。
自分の想像できる範囲では彼を救おうと頑張るけれど、そんなものを無視した国家の力を突きつけられたときに、初めて知るその側面に呆然とし、怒り、愛する人をただ手放す、無力を噛み締める事しかできない主人公。ああ身につまされた。
泣いたりなんかできないぞ、この映画は。ただただ難しい問題を突きつけられるがいい。そんな感じ。
ただ、主人公にはジャンベがある。彼にとってジャンベはただ怒りを響かせるだけではない。新しい価値観の扉を開いたものだから、それを鳴らすことは怒りの中に前進を含むものだ、と思いたいな。せめて。

映画後、めがねを作り直すに伴い、久しぶりに裸眼で視力検査。0.03、0.04。まあそんなもんだ。

2009年07月10日

7月10日

i-lohasというペットボトルのCM見るたびにむかつく。ペットボトルの厚さを薄くしたからなんだっていうんだ。lohas言うやつらは公園の蛇口から東京水飲めばいいのに。そもそも「lohas」という言葉が信用ならないが、その欺瞞性を前面にさらけ出して居直るのがすごい。
ああ、だからちゃんとした人たちにはlohasって言葉使ってほしくないなあ。もともとの言葉の意味はさておき、現在流通しているその語感は「小金持っているのでファッションでエコとかオーガニックとかに手だしてます!深く考えてません!でもえらいでしょ!」と聞こえる。
別に何も考えてなくても水筒持つ人が増えている世の中だというのに。とかとか、フジロックとお山用にと長らく懸案事項だったサーモス水筒買ったからえらそうに言ってみる。今年は冷え冷え長持ちだ。

2009年07月09日

7月9日

久しぶりに頭痛。冷えた。
気を抜くと会社の冷房に殺される。私の席はなぜか冷気がたまるのだ。対策にサーキュレーターを稼動させているというのに。温度計を各所に配置して効率的な稼動場所を見つけ出すべきか。
それにしてもぴあフィルムフェスティバルのイーストウッド特集、1本1500円は高すぎるじゃないか。せめて1000円…

2009年07月08日

7月8日

今日から水曜日は22時から23時半まで大泉洋TV。ドラマの方はまあまあまあ…。ちょっと展開甘すぎないか。23時からの方が面白い、と比較するものではないが。だが、出演者に「しぇからしか!」のあの人が。標準語しゃべってたけど。光石研を見るために見る。

2009年07月07日

7月7日

借用元からテント10年使用は言いすぎでしょうとの指摘を受けて数えなおしてみたら5〜6年。ザッツ丼勘定。フジで5回、のはず。その他朝霧、メタモ、BBQキャンプなどでずいぶんお世話になりました。前室(靴置き場)と両方向メッシュ(涼しさ)への憧れにより新テント購入したけど、あいつはまだ現役で頑張りたいに違いない。必要な方、長期貸し出しいたしますよ(笑。借用元承認済)。
あ、七夕。空晴れてきた。

2009年07月06日

7月6日

モルツ・プレミアム・ドリームマッチにておっさんたちをつまみにビール。野球に無知な自分でも楽しめるエンターテイメント。酒は飲めないけど飲み会の雰囲気は好き的なのりで楽しむ。まあ、酒はすきなので生プレミアムモルツ400円というサービスにうほうほと笑顔でぐびぐび飲む、と。桑田さんホームランかっこよかったっす。

2009年07月05日

7月5日

昨日一日ごろごろしたら体調回復ぎみ。とりあえず咳はおさまった。
人から借用したまま10年近く使い続けたテントの後継者として、ついに新しいテントを買う。DUNLOPのR324。試すのが楽しみ。
そして昨日観そびれた『歌行灯』。神保町シアターは初めて行ったけどずいぶん贅沢な椅子。値段も贅沢。それはさておき、これが戦時下の映画なのか。厳しいはずの話の本筋に対し、どうにも登場人物たちがざっくばらんでのんきな微笑ましさ。笑いもそこかしこに。
松原で稽古する五十鈴のアップからカメラが上昇して謡う花柳との俯瞰2ショットになるシーンは、美しいだけでなく、それだけの動きが「完成とそれによって生じる別れ」になっていて全身鳥肌。
ラスト、『残菊物語』とは真反対に、一気に芸者である五十鈴を受け入れてしまう父・叔父のコンビにほろり。能という芸事の世界が中心ながら、やっぱり全体に軽妙さがただよっている。坊ちゃんのやることはいつもどこか間が抜けてるし。それにしても五十鈴ちゃんがかわいい…

2009年07月04日

7月4日-2

出かける予定をやめて篭り行。
ストローブ=ユイレを観た事はないがペドロ・コスタは好きだ(特に顔が)という私に、ではまずこれを観ろと友人がよこした『あなたの微笑みはどこに隠れたの?』DVDを観る。家のだらけた空間で見るには非常に厳しい、緊張感を要求するものながら、ストローブ=ユイレの夫婦漫才さながらの掛け合いを中心に楽しむ。
うろうろと歩き回るストローブはなんだかユロ氏みたいだな、と思ったら本人から『ぼくの小父さん』の言葉が口にされる。ちょうど頭にあったから動きが似たのかもと思いつつも、小難しいことばっかり言っているストローブは、ユイレという実行者を得たから映画作家になることができたex.ユロ氏なのかも、とか思った。最後に途方にくれるように一人座り込んだのは「顔」に見える扉の脇だったし。
おまけ映像の最後に出てくる屋外のシーンは編集室の緊張感とはまるで違うやわらかさで、針仕事をするユイレも、相変わらず小難しいことを言っているストローブも、黒いわんこのふりふりしっぽも、とてもリラックスしていてまぶしい。
しかし、1コマ増えたり減ったりするだけで映画ってそんなに違ってくるんだろうか。呼吸レベルの編集はすごすきてよくわからねえ。とはいえ、いずれストローブ=ユイレを観るときにへの足がかりになったのは確か。

7月4日

1週間くらい続いた空咳がほんものっぽくなってきた。しめる。痰が絡む。気管支炎というやつなのかも。
そのようなわけで体がだるく、『歌行灯』を見にいくためにちゃんと起きたというのに結局、家でだらだらとブログをいじっている。「ねこ温度計」、あまりにかわいいのでついくっつけてしまったが、これではあれだ、私は節度を超えたネコバカだと思われても致し方ないフェイスになってないか。
さらにだらだらと『鬼平犯科帳』シリーズ再読。文庫の3を読み終えた。この巻は京都奈良とその道中が主な舞台。昔に読んだ時には京都奈良にあまりなじみがなかったので分かっていなかった土地や位置関係が、情景つきで頭に浮かぶのでおもしろい。多分「江戸」も以前よりはそういうところが増えている。年数食った甲斐があったというもの。

2009年06月18日

高江ぶらぶら

前の日記で書いた「ゆんたく高江」にちょろりと行きました。

「ゆんたく」に行く前に寄った代々木公園のバングラ・フェスで思いのほかゆっくりしてしまったので、会場に居たのは1時間半ほど。ちょうどその時間帯が高江在住の方による質疑応答タイムでした。
実際に住んでいる方々の話を聞くことが思った以上に勉強になったというか、皮膚感覚としてこの問題を感じることができてよかった。反対派と賛成派という言葉に集約できないこととか、日ごろ米兵一人一人とじかに接することで感じることとか、肩肘張らない受け答えは逆に、この問題の根深さにもつながっていて、もちろんこの人たちは「反対行動」をしているのだけれど、それは自分たちの生活を普通に営みたいという当然のことを求めているだけなんだというのが、とても自然に腑に落ちた。

「基地問題」と書いてしまうととても難しくて絶対的解決なんてなくて、うかつな発言もできないやと身構えてしまうけれど、でもそれでも、自分たちの生活を守りたいと思う心を、そうした大義で括ってしまって個人の心を黙殺してしまうのはとても悲しいことだ。問題が大きすぎて発言に責任もてないからって、すべてに目をつぶっちゃいけないなあ。「問題」を捉えるときには心が置き去りになりがちだ。あるいは「心」も理屈にくみこまれがち。とか、はっきりしたことは何も言えないけど。


複数団体が集まっているためか知り合いばかりの集まりということもなく、小さいバザーのような、程よくゆるいところに紛れ込む感じでした。この雰囲気が分かってれば友人も連れていったのにな。

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