2008年01月27日

カフェと公共性と都市

前々からベルク絡みで書いていた『FRONT(発行:(財)リバーフロント整備センター、1997年11月号)』の記事を引用したいと思います。
長くなりますがおつきあい下さい。

「近代ヨーロッパにおいて、市民革命運動や新しい芸術・文化運動のほとんどがカフェを拠点としていた」という前提から、「「カフェ」とはどういう空間なのか、多元的でカオティックな空間としてのカフェの歴史を振り返る」という「カフェとはどのような空間だったのか(文:臼井隆一郎氏)」という記事の中で、「カフェ」はこのように定義される。

近代社会は、それまでの公的な領域とも私的な領域とも異なる、しかし、公私混同空間でもない、いわば第三の空間領域が形成されていく点に特徴がある。それは、言い換えると市民社会、市民的公共性の世界である。その典型的な空間がカフェなのである。
日本語の「公共性」という言葉には「公」の文字が含まれていて紛らわしいが、たとえばドイツ語の「エッフェントッリヒカイト」は直訳すると「開かれてあること」である。カフェは公的領域と私的領域のそれぞれの秩序から逸脱した、まさに「開かれた場所」を具現したものだといえる。
近代社会に置いて、その第三の空間・時間は、公的空間・時間と私的空間・時間の双方に接触面を保ちながら、ある時は馴染み合い、ある時は反発しあい、摩擦を繰り返しながら、しだいにその領域を拡大していった。それはたとえば、商品が、人が、情報が交錯していく領域である。カフェもまた、人と情報が多元的に交錯する場であったのである。

そうした、形だけではない真の「カフェ」の精神を持っている、公共性の場のとして特集の中で選ばれているのが「ベルク」。(「東京に“カフェ”を探す」文:植松青児)
その記事の中で語られる店長・副店長の言葉は現在まで一貫している。

雑多な人々を排除せず受け入れ、しかも適度に突き放してくれる、という点に「ベルク」が多くの人に愛されている理由がありそうだ。
「村社会的ではない空間にしたい」。これまでの喫茶店にありがちな「内輪」を作りたくない、と井野さんは言う。そこには店をオープンスペースにして、都市の多元性を楽しんでいこうという姿勢を感じることができる。
「朝、出勤前のサラリーマンが慌ただしくコーヒーを飲む横で、夜勤明けの女性が立ち飲みカウンターでビールやワインを飲むことができる、そんな店にしたいと思った。だってここは新宿なんだから(副店長の迫側尚子さん)」「どんな人が利用しても違和感が生じない店がいい。どこの国の人も利用できる店、宇宙人がこっそり生ビールを飲んでいても誰も気にしないような店」

また、ベルクの壁ギャラリーについて、以下のような見解を述べて記事が締めくくられる。
「ギャラリー」という内輪的になりがちな空間から「ベルク」のような「パブリック・スペース」的な空間(中略)。表現が多彩な視線にさらされる場所、いい緊張関係のある場所から、良質な都市文化が生み出されるような予感がする。

これらは私の下手な抜粋なのですが、こうした言葉を読んで、どうしてベルクが奇跡のような大切な空間なのか、どうしてあの場所でなければだめなのかに私がこだわっていることが少しは分かっていただけるでしょうか。

この中で述べられている公共性、多元性、都市性を兼ね備えている空間は、じつはとても成立しにくいんじゃなかろうかと思います。今東京中に溢れている「カフェ」のなかの何割が本来の「カフェ」らしさを持っているだろう。
そして、「ベルク」にその「カフェ」性を可能にしたのは、もちろんお店側の姿勢が最も大きいけれど、その土地、新宿駅の改札脇という、ありとあらゆる人々が通り過ぎる場所もとても大切なんだ。人々の雑多性が無ければそれは成立しないし、10年以上もの長い間、多くの常連を抱えながらも内輪向きになることなく、開けた空間を維持することはできなかったんじゃないか。

都市の中の雑多さは、一見それを許容しているように見えてそうじゃない。領域の境界線が厳しく引かれていて排他的に思える。けれど、ベルクではその雑多性を包括するからこそ、客の誰もがそこにいる人たちを許容するし、自分自身も許容されていることに居心地の良さを見出すんじゃないだろうか。
言葉や理念だけでなく、そうした空間を実際に生みだし、継続させているあの空間は、どうであってもなくすべきじゃない。

そして、ルミネはどうして、そうした時間をかけないと生まれないし、企業主導では作り得ない空間=歴史を、ビルを買ったら付いてきた得難いお宝として認識できないのだろうか。
この記事へのコメント
だま様 
 上記、全く仰るとおりでございます。

 ルミネのお偉いさんに言いたいです。
「誰にことわって、そんな事してんねん(怒)」
 
 それと私の[BERG] デビューは3月になりそうなんですけど・・・・・。
Posted by うる at 2008年01月30日 21:33
>うるさま
ありがとうございます。
ルミネ上部の人たちって、自分のお気に入りの店とか持ってないんすかね?

BERG、先日行ったときには普段どおりの雰囲気でした。3月も、きっとそのままであって欲しい!うるさんもふらりと行って、おいしいものを楽しんで下さい〜
Posted by だま at 2008年01月31日 08:43
開かれた第三空間!思い出した。
大学で空間の研究してたとき、出典は別だけど、
カフェ班が引用を用いてそういう考察を出していた。
カフェブームに食傷気味だった当時はスルーだったが今すごくよくわかった!

ちなみに私のBERGとの出会いのきっかけはギネスだったから、
実際行くまでカフェとはつゆ知らず。
Posted by さな at 2008年01月31日 12:10
>さななー
レス遅れごめん。

BERGは厳密にはカフェではないのだな。
記事でも、カフェと呼ぶには無理があるかもしれないが「カフェ」の精神性を持った店、と断りがあったうえで書かれております。

カフェの形をした空間は今でもやたらにあるけれど、一体その内のいくつが真に都市空間的な意味のカフェだろうかね。
とりあえず、路面に面した席には見栄えの良い客しか案内しないようなところは「カフェ」ではない、と。
Posted by だま at 2008年02月03日 22:03
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