2007年06月01日

『明日、君がいない』

この映画を観てからこれまただいぶ経つのだけれど、なかなか感想文に辿り着かなかった。というのも、この結末にひどくショックを受けたからで、それが普遍的事実を真っ向から突きつけられた故のショックだからだし、そうではあれ映画としてのこの作品が優れているのかどうかについてはちょっと判断できず、例えば監督本人も影響を認めている、ガス・ヴァン・サントの『エレファント』と比べてしまえば、同じ手法を取っているだけにその見事さに到達できない稚拙さが見えてしまう。
けれど、そういう視点でこの映画を切り捨ててしまうこともできない。要するに私につき刺さったこの結末が映画としての力なのか、自分の心の問題なのか分からなくなって困惑しつづけている。
不幸なことにこの映画は1人で観に行ってしまったうえに、なんだか迂闊に他人に勧めることもできなくて悶々と。


※さて、この先は結末にかなり言及した感想文になっておりますので、観る予定の方は読まない方がいいでしょう。

@シネアミューズ
2006年
監督:ムラーリ・タルリ


続き↓

主要人物達の悩みがひどく薄っぺらく見えてもしまい、この中の誰が自殺しても、納得はするけれど、所詮「自殺」ってそんなものだよね、と高をくくることができるような途中経過だった。
けれど、死を選んだのが彼女だったせいで、その最後の数分で、そういったすべての前フリが周到に薄っぺらく用意されていたのだと気がつかされる。誰もが自殺を選んでもおかしくない悩みは抱えている。けれど、その苦悩が具体的であるほど、問題の質がインタビューを通して明らかになるほどに、彼らがそれを選ぶのは「今」ではない、という思いが強くなる。そしてそれはその通りだった。

彼女の死の理由は分からない。残された者はただ彼女が死んだという現実に取り残されるだけだ。誰にも分からない。自殺ってそういうもん。それを受け入れることしかできないという結論。

例え、虚構の上でもその結論を変えない。彼女を自殺者に選んだ監督の非道さとそうせざるを得なかった絶望の深さ。「分からない」という結論の選択はあまりにも真摯だ。

全編を通して1人、「思いやり」や謙虚さを提示し続けた彼女の死は、死なれてしまえばあまりにも辛く腑に落ちる。
これは私の勝手な憶測だけれど、問題も苦悩も提示しない彼女の持つ優しさは、もはやなんの解決も求めない絶望の果てに生まれたものだ。それは「悟り」とは対局の精神状態でありながら、表面的にはそれに近しいほどの落ち着きを彼女に与えてしまったんじゃないだろうか。かといって彼女は救いを求めていないわけではない。けれど、それをどうやって求めて良いのか、何に対する救いを求めているのかすら分からない麻痺。感情が死んでしまえばかえって人は優しくなれるんじゃないか?

彼女の「優しさ」の質をそう受け止めてしまった私にはこれを上手に処理する余裕が無い。
ただどんな苦悩より、彼女の優しさこそが「死」にもっとも近かったということが納得できてしまうのがキツいっす。

あー。深入りしすぎかなあ。
この記事へのコメント
コレ見たけど、確かに彼女が死ぬ時は
「うお、お前がかよ!!」
って思うよな。

>彼女の死の理由は分からない。残された者はただ彼女が死んだという現実に取り残されるだけだ。誰にも分からない。自殺ってそういうもん。それを受け入れることしかできないという結論。

コレ、本当。疑問だけが頭の中でグルグルするだけだよ。周りの人間から理由らしい事も聞くんだけど、「何もそんな事で・・・」ってマジで思う。けど、まぁ本当の理由なんて分からないんだけどさ。
だから、彼女が死んだ時に思う「何故なんだ?」って感情はエラいリアルに感じたぞ。
Posted by coba at 2007年06月02日 11:04
>cobaっさ
うん。結局「分からない」んだってことを、これだけ直球に突きつけられる映画ってそうないと思う。
そういう結論を選択してやりきった監督はやっぱりすごいな、と思うよー。
Posted by だま at 2007年06月03日 17:13
観客にとってはカメラの捉えた情報だけがすべてなんですが、それほど信頼しきっていたものが実は肝心な部分を「何も捉えていなかった」というのはとても辛い映像経験ですね。もちろん現実の世界では、僕らの瞳もこのカメラのように重要なことを一切感知できずにいるちっぽけな存在なのですが。

鑑賞後の「満足」とは違う、異物が胃の中の変なところに入り込んでしまったような衝撃が、いまだに悲鳴をあげています。
Posted by カウズ at 2007年06月03日 22:40
>カウズさん
そうですねー。分からないことを解き明かしていくというプロセスを無意識のうちに予測していたのかもしれません。あるいは全編を通して分からないことをいかに突きつけられるか。
ところが唐突な裏切りですからね。

こうした急激なラストというものは、描写不足やプロットの不備などといったマイナス方向の評価をもたらしてしまいそうなものですが、この映画の場合は、その唐突さこそが真実なのだと、観ている側(残された者)に突きつける結果になっているし、それが飲み込まざるをえないものだから怖いです。
Posted by だま at 2007年06月04日 19:51
さっきこの映画を観たので、五ヶ月前の日記にコメント。

どうやら、監督の女友達が突然自殺した事にヒントを受けたみたいね。
手法は全く「エレファント」のそれですが、
伝えるテーマのリアリティがこちらの方が
自殺大国、日本としては身近ではないでしょうか。

ラストまでの少年少女の苦悩は結局ただの前フリにしか過ぎなかった事に唖然とさせられた。
Posted by しばむら at 2007年11月01日 02:10
>しばむー
インタビューを観ていても、誰も結局のところ自殺しそうにないんだよね。でも誰かが死ぬことだけはあらかじめ提示されているから、余計にどいつが死ぬんだと彼らに集中してしまうので、結果に唖然としてしまう。

他者のことなんて結局分かりはしないんだっていう痛みを飲み込むためのプロセスとして生まれた映画なんだろうな、と思うと余計にヒリヒリしますわ。
Posted by だま at 2007年11月02日 01:38
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