2007年04月19日

『デジャヴ』

突っ込みどころがありすぎ、いや、一旦立ち止まって考えたら全編突っ込みポイントだらけなのではないか、という理性など断固拒否するし、そんなことを考えながら映画を観るなんて土台無理とせせら笑う、というスタンスなのか。そうなのか。そうなんだな?
困惑を抱えながらめまぐるしいカット割の嵐に流されていくうちに、困惑することすら追いつかなくなって、後はもう、映し出される瞬間瞬間に体を反応させていく。逆に言えば、流されていくこと以外にこの映画の見方が分からない。

その乗り切れない感じはおそらく私がこういった種類の映画を見慣れていないせいで、対応する体が出来ていないせいなんだろう、と思ったが、中原昌也×芝山幹郎の『映画の頭脳破壊』を読めば「突進力に勝負を賭けた感じがあった。あの強引な設定で突っ走っちゃう」「大真面目がたまたまバカに見えてしまう」といった言葉がちりばめられており、私が観ながら感じていた感覚はあながち間違いではないようだし、しかも「知性の足りない人」は「映画のバカ」に「マジで涙したり」、「必死に騙されまいとしたり」するらしいので、そのどちらでもない自分は「知性」が足りているのだ。
と、断言してみたいものの、もちろん私自身が感じたことは、面白いけれど乗り切れないということは、やはり自分はこの手の映画が苦手なのだろうか、といったごく消極的な結論で、とてもではないが自覚的に「バカ」を楽しむなどという境地に達していたわけではない。こういうのは3パターン目の「知性が足りない」だろうな。
どうやら、このお二方の対談を読んで『デジャヴ』に対する接し方を見つけることができたおかげで、私は新しい結論を得ることが出来る。
つまるところ、現在の大作ものももっとじゃんじゃん観るべきだ。対応する体をつくり、「不真面目」ではなく「大真面目な大バカ」から生まれる面白さを観たい。

と、そんなことも思いつつの感想
■冒頭の船のシーン、くどいほどの長い時間、スローモーションで人々を映し出し、劇場にいる人間全員が、もうすぐ何かが起きるんだなということと、いずれこのシーンが重要になってくるんだなと気がつくまでは決してやめないんだろうと思える無限の時間が、あまりの長さに楽しくなってくる。
■犯人が取り調べを受けているときにぽろっと一滴涙を流す瞬間に、どきっとしてしまう。涙の意味は分からないが、その唐突さに毒気を抜かれ、犯人を憎めない。
■デンゼル・ワシントンの相棒的に動くFBI捜査官が、妙にゆったりとした時間をまとっていて、矢継ぎ早なこの映画の中で1人違う時間を生きているように見える。なんだかいい味だなあと思って観ていたらヴァル・キルマーでたまげる。顔こんなだっけ…。
■この映画にちりばめられている政治的要素、「大真面目」さはとても真摯で、どんなに強引であろうが「この物語」はハッピーエンドでなくてはならないという頑なな意志を感じ、そうした姿勢には素直に感動してしまう。そうでありながら「バカ」の賞賛を受けてしまう娯楽作、て、あれ?それはとてもすごいことなのかも。

@吉祥寺東亜興行チェーン
監督:トニー・スコット
この記事へのコメント
だま姐さんチョイスにしては珍しくメジャー系ですな。
Posted by しばむら at 2007年04月20日 02:33
やっぱり珍しいかねー
いかんねー
興味ない訳じゃなくて、優先順位的に時間とお金の関係でなかなかそういうものにたどり着かないだけなのよ。

昔のメジャー系ならたくさん観てるけどねー
Posted by だま at 2007年04月21日 00:12
「大真面目な大バカ」映画なら、日本映画だと
「デビルマン」を観る事をオススメします。
有名すぎる原作に出演者も製作者も全部噛み合ってない!
けど作り手は(一応)真面目!
Posted by sibamura at 2007年04月22日 16:39
「デビルマン」は観てないけど、ちょっと方向性が違う気が…。噛み合ってない、って、それ映画として成立してるのだろうか。
「デジャブ」はちゃんと娯楽作として成り立っているぞ。
Posted by だま at 2007年04月23日 00:15
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