2014年01月28日

ニワトリに履きもの

森崎東監督の『ニワトリはハダシだ』は大好きな映画だけども、題名の意味はよく分からない、ですよね。

なんとなくのニュアンスは映画内の倍賞姉さんのセリフ、「ニワトリあハダシ、ええ文句や、バタバタせんとドーンと構えときなあれ!」(『森崎東党宣言』から引き写し)で想像するとして、何から来てる言い回しなんだろうと気になっていた。

ところが先ごろ読んだ『森崎東党宣言』の中で、ハダシの脚本に参加された近藤昭二氏が、(かつて京都の撮影所の大道具スタッフである)「人物が時々発する意味不明の罵言」が「作品中でも使われることになり、タイトルにもなった」と書かれていた。
つまり「屁のつっぱり」式の、「言葉の意味は分からないが、なんだかすごい迫力ですね」といった言葉なのだなあとひとまず納得。

で、だ。
今日、筒井康隆氏のエッセイ『狂気の沙汰も金次第』を読んでいたら、「ニワトリが高下駄履く」という言い回しが出てきた。
おぉー。
「「あんたを信用しているからね」そんなことばひとつで、人間の行動を左右できるなどと考えるやつの思いあがりは、まさにニワトリが高下駄履くのに等しい。甘えるのもいい加減にしろといいたくなる。」
なんだか文脈的にもハダシと見事に対になっている言い回しじゃないですか。このあとに「ニワトリはハダシだ」とつなげてもしっくりくる。
「甘えるのもいい加減にしろといいたくなる。ニワトリはハダシだ。」
うむ。

このエッセイ集は昭和48年刊行。時代としては京都撮影所の人物が「ニワトリはハダシやぞ!」と裂ぱく発していた頃からそう遠くないと思われる。なぜにそこでニワトリなのか。やっぱり何かそのようなニワトリをつかう言い回しがあったのでしょうか。例えにはニワトリ、なブームでもあったのか。気になる。

ちなみに「ニワトリが高下駄」で検索してみたら、「筒井氏のエッセイに出てきたんだけどどんな意味なんでしょうね?」ということで色んな方が自分なりの解釈をしておられる。
ハダシでも高下駄履いても、インパクトをもたらす言い回しになるニワトリ。
ニワトリのポテンシャル高けー、てことでひとまず落ち着いておくか。
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