2006年09月28日

『太陽』

イッセー尾形の「天皇スペシャル」ショー。
面白かったなあ。一度でも、舞台、TV、CMでイッセー尾形が何かを演じているところを見たことがあれば、この「天皇」が、その他の彼が演じる女子高生やオタクや大工や営業マンやらと同じように、完全に演じている対象でありながらイッセー尾形以外の何者でもないという「天皇」であると分かるだろう。独特のテンポ、間の取り方、飄々とした雰囲気、「天皇」よりも「イッセー尾形」に親しみがある自分としてはそれはどこをどう見ても「イッセー尾形」であり、「天皇」というネタを存分に味わったのだ。
といって、それが映画を邪魔しているわけではない。「天皇」をお話として客観視しにくい人々、特に日本人にとっては、イッセー尾形というフィルターが掛かることで、むしろ余分な葛藤を必要とせずにこの映画そのものを楽しむことを可能としているように思える。
つまり、イッセー尾形という存在は、この映画にコミカルな明るさ(何度も笑えるシーンがでてくるしね)と、(天皇を客観ししにくい人々にとっての)葛藤の除去という2つの効果をもたらしているのではないだろうか?一体誰がソクーロフにイッセー尾形を薦めたんだ。それとも海外公演などでソクーロフが彼を知っていたんだろうか?いずれにしてもなんてツボにはまったキャスティングなのだろうと感動してしまった。

一応書いておくと、もちろんこの映画を観るまでに幾分の葛藤はあった。太平洋戦争終結前後の天皇の話なんて、いくらソクーロフとはいえ、一体どんな映画になっているのか不安になるし、まかり間違って賞揚するようなシーンが出てきたらいたたまれない。で、結果的にはほっと胸をなで下ろし、ソクローフの描こうとしたものに涙を流した。

天皇の事なんてほとんど知らないけど、おそらく巷に流出しているあらゆるエピソードからこのストーリーは構成されているのだろう。もちろん、中には誰も知り得ないはずのシーンもあり、世間的に知られている事実は画面に現れず、その時の本人をひたすら追う感じからも、『ラスト・デイズ』とカート・コバーンの関係と同じ様なものとして考えればいいのではないだろうか。

そういった疑似史実モノによってソクーロフが描きたかったものは、やはり「孤独」なんだろうか。最高権力者であり、神である「それ」は、誰からも本当のことを話してもらえず、誰とも本当に話したいことを話せない。皆、彼からは自分が聞きたいと思っていることしか聞かないのだ。そのいらだちを抑えて一言「あ、そ」。もし激昂したりすれば誰かが腹を切りかねないしな。いかにもソクーロフっぽい画面、彩度低め、明度低め、イエロー強め、光の粒子が見えそうな画面は、静謐な美しい暗さで、戦争の暗さというよりも、天皇の精神の色だ。悪人でもなく、聖者でもなく、ただ1人の孤独を運命づけられた存在。皇后と皇太子だけがその運命に寄り添っている。孤独とそれを癒す存在を求めることと葛藤とユーモアと、そこにいるのは始めから最後まで、1人の「人間」にすぎない。
自分を「神」として扱わない人々の中でほほえむ天皇の笑顔。それは彼にとって未知の可能性を発見したために見える。

だからこそ、久しぶりに会えた皇后に甘え笑顔を見せるシーンから、自ら変えることができたと思ったその運命が、自分が「それ」である以上永久につきまとうのだと思い知らされるラストの流れは切なかった。救いは、やはりその孤独な手を皇后が強く握りしめていたこと。

あ、ソクーロフってすごいな。って素直に思った。
だって本来、観にくい題材だよ、これは。

直球だけど、ソウルフラワーユニオンの「霊柩車の窓から」を数年ぶりに聴こうと思ったら収録されている「カムイ・イピリマ」が見あたらない。ので、聴けないし歌詞が確認できない。確かこれは、人権を与えられていないんじゃないかなーっていう一家に嫁に行く女の人を歌った歌でございます。どこ行った。
この記事へのコメント
こんにちは。
同じく私もソクーロフってすごいなと感動しました。
ただただ監督の描こうとしたものに涙。
なるほど、『ラスト・デイズ』も同じなのかもしれませんね。
Posted by かえる at 2006年09月29日 09:42
こんばんは、トラックバックありがとうございました。
孤独・・・そうですね、とても重要なキーワードだと思います。周りにいくら人がいても心が通わなかったから天皇は孤独だったのでしょう。イッセー尾形の演技力に改めて感心しました。
来月には京都でも上映されるので、もう一度見てみたいです。
Posted by 朱雀門 at 2006年09月29日 22:02
>かえるさん
コメントありがとうございます!
本当に、ソクーロフの題材へのアプローチの仕方なんでしょうか、「天皇」という題材をこんなに素直に観られるとは思っていなかったので驚きました。笑ったり泣いたりといった感情が驚くほど素直に溢れる映画でしたね。

>朱雀門さん
コメントありがとうございます!
イッセー尾形の、なりきっているような、絶対なりきらないような、対象への距離感がこの映画の重要な要素だと感じました。イッセー尾形はやっぱりすごい。
Posted by だま at 2006年09月29日 23:55
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