2006年06月27日

『のらくら兵』1928

無音のホールに200人が無言で2時間

そんな状況に君は陥ったことがあるか。

正確には、130分のサイレント映画を音楽無しで200人くらいの人が観ている、という状況。もちろんその世界が完全に無音なのではなく、あちらこちらから時間を違えて掛け合いのように聞こえるいびき並びに寝息や、姿勢を直すときに椅子とすれる音などがあるものの、310人を収容できるホールにかなりの人が入って、200人は控えめな数字かも、無音の画面を見続けているというのは希有な体験でした。

自分の家でサイレントを観るときは無音だけど、映画館で無音というのはまるで異質だね。
しかし、オリジナルスコアを付けられないなら無音だ!というフィルムセンターの意気込みは潔い。いや、勝手な推測ですけど。

実際のところ、無音が気になったのは最初のうちだけで、慣れてしまえばそれほど窮屈な思いはしない。
ただこれがサイレントでなければ、ジャン・ルノワールはここにどんな音を付けたのだろうと、無いものに焦がれる気持ちが増長されるだけだ。

内容はコメディというよりはごく単純な筋のドタバタ喜劇、しかもどろくさい、といった感じで、正直それほど笑えるものでは無かったし、フレームの取り方もとっても素人臭い。
とはいえ、フィルモグラフィー後期に『草の上の昼食』のような奇妙な、けれど豊壌としか言いようのない幸福感に溢れた、映画を撮ってしまうような人なのだから、今作の微妙さを「初期だから」と処理してしまうのは間違いなのだろう。

どことない野暮ったさや素人臭さまでも含めて、そこから放出されているのは結局の所、ジャンが特権的に所有していると金井美恵子氏が言う、幸福感なのだ。
なんかみんなで楽しいことしようぜーと言って出来上がってしまったかのようなこの130分。

最も好きなのはラストの会食のシーン。オープニングであまりにも無惨な失敗に終わった食卓を囲むシーンが、ラストにおいて幸福に満ちあふれた傍若無人さで、お行儀良くなく、うち解けたものとして反復される。その会食の場だけでは飽きたらず、調理場までが友人達で溢れかえる騒々しさが、あまりにも豊かな幸福感にあふれていて、そこに色と音が無いことが信じられないほど。

ジャンの父、オーギュスト・ルノワールが描く「船の上の昼食」、あれはサロンでおばさま達がきれいねえ、などと上品に鑑賞するには、あまりにも生き生きと騒々しく生命力に溢れているものなんだと、ジャンの映画を観てから気がつき、オーギュストがあまりにも素晴らしくジャンの映画の豊穣さを1枚の絵に映しこんでいることの驚異に目を見張る。って、完全に前後が間違っているんだけど。

そうした豊穣さの固まりである「ジャンの食卓」を堪能できたことが幸せな映画でした。



TIRE AU FLANC
'28年 130分 無声・白黒
監督 ジャン・ルノワール
脚本 ジャン他
撮影 ジャン・バシュレ
美術 エーリク・オース
出演 ジョルジュ・ポエミス、ミシェル・シモン、フリデット・ファトン、フェリックス・ウダール、ジャンヌ・ヘルプリング

いやいや軍隊に入れられた詩人と召使いの巻き起こすドタバタ騒動を描き、若きトリュフォーに「フランスでつくられた最も愉快な映画の1本」と言わしめた傑作喜劇。

以上、NFCのチラシから抜粋。
ネット上に情報がなかったので載せてみました。

そうそう、ミシェル・シモンといえば『アタラント号』の記憶しかない私には今作で若い彼を観られておもしろかったな。
早く『素晴しき放浪者』観ないと。。。
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