2006年03月05日

『消えゆく者たちの年代記』1996

■『D.I.』のエリア・スレイマン監督の長編デビュー作をアラブ映画祭に観に行く。しかし実のところ『D.I.』は未見。パレスチナを舞台にしたパレスチナ人監督のコメディ映画、という点で絶対に観に行っているべきだったにもかかわらず、公開時にあっさりと見逃しそれっきりになっている『D.I.』も観に行くつもりではいるのだが、見逃した自分へのエクスキューズのような感じで本作も観に行った。

■長編(85分)とはいえ、イメージとショットと日常の断片の端々にごく分かりやすいコントがちりばめられているもので、ストーリーらしいものはない。また、一貫したメッセージというものもあるのかないのか分からない。つまるところ、よく分からない映画だった。目に見えるものをそのまま並べてみた、そんな感じ。
■だから中身については何とも言えず、おもしろくなかったのかというと、これまた微妙。目の前に拡がる光景がなぜか魅力的だったからだ。おそらくは、ほとんど動かないカメラと、そのカメラが切り取る構図の1つ1つが私の好みにあっていたんだろう。人によっては大したことなかったり、逆に決めすぎという印象も与えるのかもしれないけど。ただ、どのシーンが印象的かと言われるとまた困る。ずば抜けたシーンもまた無いような気がするから。
■キアロスタミ的な映画という視点から見ると明らかに物足りない。コメディと言うにはわかりにくすぎる。それでも色彩の絶妙なかわいらしさと、エリア・スレイマンのとぼけた真顔という点から、どうにもこの人はジャック・タチなんだなというところに到達。『D.I.』ではパレスチナのキートンの称号を得たらしいけれど、ここではどう見てもキートンではなくジャック・タチ。基本ぼんやりしてるし。部屋の格子越しに拳法の達人(?)の奇行をぼんやり見る、土産物屋の前にぼんやり座る、ハウリングの消えないマイクの前でぼんやりする。

■パレスチナという問題が避けられるわけでもなく、とりたてて騒ぐでもなく淡々と現れては消え現れては消えと繰り返すのは、おそらくイスラエルに住むパレスチナ人にとってのリアルな感覚なのではないかと思う。その渦中にいながらも日常生活を送るということはきっとそういうことなんだ。そういう諦念と闘争の決意とはぐらかしの入り交じり具合はやっぱりジャック・タチっぽい。
■ラストシーンにはテレビ放送の終わりでイスラエルの国旗が映し出され、国歌が流れる。つい最近『ミュンヘン』でも聴いたあの音楽が『ミュンヘン』とはまるで違う次元で現れることにちょっと衝撃を受ける。テレビ放送の終わりに国歌が流れるのはかつて日本でも普通にあった風景だが(今はどうなの?)、テレビの終わりに流れる国歌とは、何かを象徴するための意味を背負わされた音楽ではなく、単にその日の終わりを知らせるだけの1つのメロディと化してしまう。意味の剥奪。それはもはや闘争の対象ですらないということだろうか。つけっぱなしのテレビの前で、パレスチナ人の老夫婦はテレビを見疲れたのか、肘を付いて眠りこけたままだ。
■で、なぜそんな当たり前のことに衝撃を受けたのかと考えてみるに、イスラエルというものを政治的視点以外から見るという感覚をすっかり失っているからですね。色めがねというか、遠い国のことゆえに、自分のフィルターに会う情報しか脳に届かないというか。差別も闘争も確かにそこには存在している。けれどイスラエル内のパレスチナ人(少なくとも監督の両親)にとってそこは生活の場所である。「けれど」そこに流れるのは敵であり、権力者でもあるイスラエルのテレビ放送というねじれた感覚。監督にとっての故郷は「年老いた父と母」であってイスラエルでもパレスチナでもない、「ない」というより、そうなれなかったというほうが正しいだろうか。映画の最後にこのシーンを見せられ、断片となった日常、なにも意味を求められない全体の雰囲気がそのまま、要するに監督の撮りたかったことなんだろうかと思った。パレスチナ人であるべきかやめるべきかという劇中の監督自身の問いかけが、この映画そのものとして成立しているような。っていうのは深読みしすぎか履き違えか、どっちかかもしれないけど。

■つまるところ、まるでわからん。しかし、何か引っかかる。という映画だった。
■それと、劇中テレビに映された、腕を組んでぐだぐだなラインダンスのようなものを踊るコーラス隊の男達は、ふざけたことをきまじめなフリしてやっているといった雰囲気がどうしたってモンティ・パイソンに見えてしょうがなかった、というのはきっと私自身の問題だろう。いや、ヤツらが揃ってロンドンの役人みたいなコート着てるのがいけないんだ。そうだそうだ。
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