2006年01月16日

『恋多き女』1957

■毎回1人の画家を選んで好きな作品について書く、金井美恵子氏の新刊「スクラップ・ギャラリー」のルノアールの項を読めば、誰だってジャン・ルノアールの映画を観たくなるに決まってるし、一度でもジャンの色の豊かさと躍動に魅惑された人ならそれらのシーンを思い浮かべ、その生命感というか生命そのものが溢れるような色の洪水に浸りたくてたまらない気持ちになるはずだ。たぶん。
■そんなわけで未見だった今作。溺れ死ぬかと思った。そこには望む以上の色の洪水。

■銀の細工にひな菊とミニチュアのお祭り用の色とりどりの提灯が適度な感覚で配されている様に見える、可愛らしくて色合いも抜群なタイトルロールに始まり、革命記念日のパレードから夜のお祭りまでの間に溢れる色と色と色が廻り踊り飛び跳ねるのを、幸福感無しに観ることが可能だろうか?
■群衆の、鮮やかである以外に統一感の無い帽子や洋服が画面一杯に詰まって人混みに押され戻りつする。群衆が画面のこちら側を向いて一斉に笑いさざめく。夜の色とりどりの提灯の下で人々が踊り笑い飲む。それらの色とりどりのすべてが決してうるさくなく、それでいて弾けあっているようで、心を浮き立たせる。あの色彩の溢れ方は尋常じゃないし、あの生き生きとした楽しさが画面の中におとなしく収まっていることが不思議だ。

■18世紀末のブーランジェ事件を基にしてるせいか、歴史に疎い私にはやや分かりにくい話なのだけれど、そんなことはどうでもいい。話の筋などどうでもいい。最初の革命記念日のシーンを消化しているうちに話はどんどん進んでいってしまうのだし。
■とはいえ、ラストシーンは田舎の質素な服や警察の黒いスーツ、ジプシー達の色のくすんだ衣装に満たされているのに、変わらず豊壌の空気が満ちている。始まりは熱狂の鮮やかさ、終わりは陶酔による豊かさ。そのどちらもこれほど美しく、豊かに、しかも品よく描かれていることに驚き、それを観ることのできる幸福感に満ちてため息をつく。

■話が政治的でやや硬いわねと思いつつ観ていても、結局最後は「愛」ですべてが片づいてしまう。それが許されてしまうジャンの映画の豊かさは一体どうしたことだと考えてみてもしょうがなく、これまた、ただただそこに浸るしかない。為す術がない。
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