2004年12月11日

『ルナ・パパ』1999

■牛が…
■屋根が…
■「バフティヤル・フドイナザーロフ」という日本人にはとことんなじみのない語感の監督の名前を空で言える自分もどうかと思うが、このタジキスタン出身の監督が作り、現在ビデオで観ることのできる3作品のどれをも好きでたまらないのだ。
■好きすぎるせいか、この映画が「キテレツ」すぎるせいか、うまく感想が書けない。この作品を初めて観たときは大物の「キテレツ」に気を取られて他の部分は記憶から飛んだ。今回観たのは3回目だが、観れば観るほどあらゆる部分がおかしい。それがまた良い。

■好きなところ1.景色。なだらかな丘陵がつづく乾いた土地とその間に拡がる湖、水路。この映画はかなり大がかりなセットも使ったようだが、他の2作品から推察するに、この二つはタジキスタンの景色の2大要素なのかもしれない。妙に美しく、その場に立ってみたいという欲望をかき立てられる。
■好きなところ2.主人公の女の子。昔の宮沢りえを彷彿させる顔立ち、生命力に溢れ、自分の情熱で常に体が破裂しそうになっているこの主人公がとても好きだ。新しいドレスを身につけ車の上で踊るシーンは、この映画の宣伝でよく使われたようだが、やっぱりとにかく美しい。夫のない妊娠を決して認めない土地で、行きずりの男に妊娠させられてしまう彼女には、既に母の早逝、自分が飛行機となって悪魔と戦う「あほ」の兄といった不幸を抱えているのだが、あまりに生き生きと動く彼女には不幸という言葉がまるで似合わない。それだけに話が進むにつれて追いつめられていく彼女に心が痛む。
■好きなところ3.キテレツ。流れ弾とか牛とかいきなり襲われるとかその他もろもろ。
■好きなところ4.現実感。キテレツファンタジーでありながら、内戦事情を盛り込む。一方的なモノの見方による他者(あるいは共同体の掟を破ったことにより他者になった者)の排除への批判をベースにする。

■けれど、一番好きなのは作品全体に流れる視線のやさしさかもしれない。「心の狭い人々」を批判する一方で描かれる、家族や家族になろうとする人たちの主人公を思いやる気持ちの果てしないまっすぐさ。そんなやさしさがこんなキテレツによって(キテレツとともに、というよりは「によって」と言う方が正しい気がする)描かれていることの驚きと、そのキテレツが頂点に達する、何度でも泣き笑いしながら呆気にとられながら観たいラスト。分かっているのに観るたびに、そうくるか!とつっこみを入れずにはいられないのだ。何かすがすがしい気持ち、あるいはやさしさの涙とともに、だ。
この記事へのコメント
か、監督の名前が未だに「そら」で言えない…。
この監督、作る映画が中央アジアのヌーベルバーグ風(?)でありながら、だまさん次述の映画「リオ・ブラボー」のような天真爛漫さ(←あくまで映画的な意味で)が溢れていて、良いですよね。
好きです。
でも、か、監督の名前が未だに…。
Posted by ジル at 2004年12月12日 22:27
『ルナ・パパ』の後に『スーツ』って映画を撮っているらしいですね。何年か前のファンタスティック映画祭か何かで上映されたらしいけど。観たい。けどビデオになってない。
Posted by だま at 2004年12月13日 00:10
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