2008年12月07日

『この首一万石』

真っ青な空に毛槍2本が舞う最初の絵面があまりにもきれいに決まっていて、ああもう満足、とため息を吐いた。旧作を観たのが久しぶりだったせいもあるのかもしれないけど、こういう瞬間が無ければ映画を見続けるのは苦痛になっていく。もしこれが駄作だとしても、この絵を観られた満足で全部オッケーだ。まあ、駄作な訳無いんですが。

駄作じゃないけど珍品なんだろうか、これは。修羅場のシーンは陰惨な状況であるはずなのに、次から次へと繰り出される荒唐無稽な人の死にっぷりに、人死にのたびに場内に笑い声。
さらにはラストシーンで大名行列の毛槍を映してファーストシーンときれいに連携させて閉じると思いきや、毛槍を通り越してバックの富士山アップどどーんで「完」にまたも場内に溢れるツッコミ笑い。劇中富士山に一切触れてないっつーの。
もてもて橋蔵が惚れ込む江利チエミのおきゃんな町娘はどうにもかわいく見えないのが困ったが、2役の芸者は妙にきれいだったので、適材適所という言葉が思い浮かぶ。
どうにも変な味わいで、悲劇なんだか喜劇なんだか。軽いんだか重いんだか。おもしろかった。

伊藤大輔1963年
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