2008年10月27日

『イーグル・アイ』

アイデア的にはごく古典的なSFで、監視世界や父親の不在といったいかにもスピルバーグ的な要素をちりばめて、大作でもなく小品でもないなんとも中途半端な印象の、決してつまらなくもないこの映画で、やっぱり一番の見どころは主演のシャイア・ラブーフの呆けた口半開きの表情なんじゃなかろうか。

口半開きが似合う男優といえば、以前蓮実氏が何かで書いていて、まったくそうだな、と思ったのがトム・クルーズで、半開きが似合うというよりもトム・クルーズが魅力的なのはあの半開きにあるとさえ言えるわけで、スピルバーグは製作として関わるこの作品で、トム・クルーズの後継者を得ようとしたんじゃないかと思ってしまった。
まあ、シャイア・ラブーフのぽかーん口がなかなか魅力的だったということを言いたいだけなんですけど。

だからといってその顔をひたすらアップで映されれば嬉しいわけでもなくて、シネスコのくせにやたらアップが多いし(取調室でのアップショットの切り返しの連続はちょっとださくはないですか?)、カーチェイスなどの場面ももっと引きの絵を交えてほしくてもぞもぞしてしまった。

寄りの絵が多いわりに決定的な顔を見ることが出来なかったような気がして、それがこの映画の印象を薄くしているような気もする。と、えらそうに言ってみる。
FBI捜査官の顔はなかなか好きな顔だし、イーストウッド張りに(とか言うとハードル上げすぎか)途中で傷を負ったりもするのに(しかもおでこという丸見えの位置に)、結局なんだか印象が薄くてもったいない。

あと、人が死なないね。じゃんじゃん死んでいるはずの人間がまるで映されない。1人も映らない訳じゃないけど、とばっちり受けている人たちは映らない。スピルバーグだったらさぞや嬉々としてちぎれた何かしらを画面にちりばめそうなもんなのに、監督にまかせたのか、そういうのは自分の監督作でやればいいと思ったのか、どうなんでしょう。
この記事へのコメント
同じく製作総指揮の「トランスフォーマー」も、じゃんじゃん死んでるはずの人間がまるで映されなかった。製作総指揮って、ネームバリューで客を呼ぶための名義貸しかもしれません。
Posted by kage at 2008年10月27日 23:12
「トランスフォーマー」は観てないけど、わざわざ人の多いところに移動して戦うのに死体が映らないんですよね、たしか。
そういう方向性なのか…?

製作総指揮ってなんなんでしょう。何する人?なぞです。
Posted by だま at 2008年10月29日 21:22
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