2008年09月18日

『ホウ・シャオシェンのレッドバルーン』

しみじみと臓腑に沁みる。
何も起こらない。ずっと観ていたい。

『珈琲時候』でまぎれもない東京が、「ホウ監督の東京」になっていたように、パリっ子も、これはまぎれもないパリなのに「ホウ監督のパリ」だ、と感じただろうか。
きっとそうなんじゃないだろうかと思ったのは、ソンちゃんが初めて現れる街角にある雑貨屋の、店頭に溢れる雑多な品物達の鮮やかな色彩を見て。

適度な乱雑さや鮮やかな色彩がホウ監督の特色というわけではないはずなのだけれど、そんなふうにふと現れる「生活」の中に、あ、これはホウ監督だ、と思う景色があるんだよな。

ここではなんと言っても主人公の家の中。とてつもなく乱雑で散らかっていて魅力的で美しい。散らかしたあげくがこんなに美しいならどんどん散らかすのに。いったいどうやってこんな空間を作りだしているのか、その魔法をおしえてほしい。
って、『珈琲時候』の主人公の部屋についても思ったんだった。汚いのではなく、うつくしく、その人そのもののような魅力を持った乱雑さ。

ソンちゃんの落ち着いた声のトーンが、良く喋るフランス人達の中に置かれると1つの中心点となるのが不思議。ソンちゃんがいることで、みんなの騒々しさも魅力的に見える。
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