どうして私がネスレをもう買いたくないなあと思ったのかを、詳しく書こうと思ったのですが、いろいろ考えているうちにすっかり疲れてしまったのでとにかくポイントだけでも挙げておきます。
要するに、企業倫理が著しく低いから、というのが基本なのですが、そのポイントとしては、
・遺伝子組み換え食品に使用に関するダブルスタンダード
・ネスレ・ボイコットを引き起こした粉ミルク商法
・ボトルウォーター事業における傍若無人ぶり
興味ある方はそれぞれ検索してくださいまし。
ボトルウォーターなどは欧米でも問題を起こしていますが、発展途上国を食い物にしていこうという姿勢があからさまなのと、問題を引き起こしているのが、人の共有財産でなければならない水や、守られなければならない乳児の生死に関するものなんですよね。企業はむしろそれ以外のところで儲けて、利益外でサポートしていただきたい人間の生きていく基盤の部分で儲けようとしているのではないかと。
あと、遺伝子組み換え食品は何度も言うようだけど、エコとかロハスとかじゃなくて、遺伝子組み換え作物が蔓延するということは、ごく一部の企業に農業という、これまた生きていくうえでの基盤を握られてしまうという点で絶対にイヤ。しかもその代表的企業がモンサントという、かつてエージェントオレンジを作り、今またそれ以上の劇薬除草剤を安全と言い放って空中散布させまくる会社なのだから。あーやだやだ。
そんなわけで、とりあえずネスレダメダメ中。
2009年11月13日
2009年11月11日
11月11日「罪」
7つの社会的罪 Seven Social Sins
理念なき政治 Politics without Principles
労働なき富 Wealth without Work
良心なき快楽 Pleasure without Conscience
人格なき学識 Knowledge without Character
道徳なき商売 Commerece without Morality
人間性なき科学 Science without Humanity
献身なき信仰 Worship without Sacrifice
マハトマ・ガンジー
おぼえがき。
とりあえず、道徳なき商売屋として見切りをつけたネスレ社製品の不買運動を極私的に開始してみた。ネスレ社のマークもミロも好きだけど、だってひどいんだもん。
2009年11月10日
11月10日「石」
森の石松が逝ってしまった。
石松以降の数々の業績を無視して石松を偲ぶのは、森繁さんに失礼なのかもしれないけれど、今の私にとっては、石松としての森繁さんが一番身近。マキノの「次郎長三国志」での石松が余りに素晴らしくて。あの酔いどれっぷり、猿踊り、直情さに憎めなさ。
その他の業績も追々目にすることになるのだろうけど、今は「石が逝っちまったよう」と悲しむ。
石松以降の数々の業績を無視して石松を偲ぶのは、森繁さんに失礼なのかもしれないけれど、今の私にとっては、石松としての森繁さんが一番身近。マキノの「次郎長三国志」での石松が余りに素晴らしくて。あの酔いどれっぷり、猿踊り、直情さに憎めなさ。
その他の業績も追々目にすることになるのだろうけど、今は「石が逝っちまったよう」と悲しむ。
2009年10月17日
10月12日「内藤正敏」
12日は武蔵野市吉祥寺美術館にぶらりと入って内藤正敏氏の写真を見た。案内板の写真と「婆バクハツ!」という出典の説明が気になったので(リンク先のチラシの写真)。
民俗学者としても有名な方らしく、展示されていたのは出羽三山を中心とした異界を感じさせるもの。即身仏の写真とか、ものすごいアップの仏像の台座とか、暗闇の中で爆笑する歯の欠けたおばあたちとか、異界の毒気にやられてしまいそうな迫力。といって余計な意味づけはされいない、不思議な静かさも。化学写真家としての前身がにじんでいるのか。初期の化学反応作品もとてもおもしろい。
流れていたVTRで喋っているご本人は情熱的ながらあくの少なそうなお人柄。むむ。何となく納得。
と、まじめに見ていそうだけど、私にとって異界ものといえばまず諸星大二郎が出てきてしまうわけで、モロボシフィルターで写真を見てしまった。これは妖怪ハンターのあれっぽいなあ、とか。もはや素直に民俗学的なものに触れられない病気なんでしょうか。
10月17日だるまだま更新しました。
民俗学者としても有名な方らしく、展示されていたのは出羽三山を中心とした異界を感じさせるもの。即身仏の写真とか、ものすごいアップの仏像の台座とか、暗闇の中で爆笑する歯の欠けたおばあたちとか、異界の毒気にやられてしまいそうな迫力。といって余計な意味づけはされいない、不思議な静かさも。化学写真家としての前身がにじんでいるのか。初期の化学反応作品もとてもおもしろい。
流れていたVTRで喋っているご本人は情熱的ながらあくの少なそうなお人柄。むむ。何となく納得。
と、まじめに見ていそうだけど、私にとって異界ものといえばまず諸星大二郎が出てきてしまうわけで、モロボシフィルターで写真を見てしまった。これは妖怪ハンターのあれっぽいなあ、とか。もはや素直に民俗学的なものに触れられない病気なんでしょうか。
10月17日だるまだま更新しました。
2009年10月13日
10月11日「やばいほうの若冲」
『皇室の名宝』展に行く。
思ったほど混んでなかった。
今回の目玉はやはり若冲の動植彩絵30幅一挙展示でしょうか。しかし、さすがにじーっくりと見るほどには人は少なくないので、やや流し見になってしまった。それにあんまりじっくり見ると生気を吸い取られる。本気若冲の絵は、隅の隅まで際の際まですべてに顕微鏡並みのピントが合っている。ああ何もそこまでしなくていいんですよと降参してしまうのだ。私はこの狂気のテクと情熱を持った若冲が描くゆるゆる一斗絵シリーズが好きなので、すげえなーすげえなーと言いつつも負けてしまうのです。30幅一気は体力持たないわ。でもコの字型に30幅がずらーっと並んでいる光景は圧巻でした。あと、やっぱり群魚図の楽しさと池辺群虫図のわくわく感はすばらしい。虫は2度目だけど、きっとまだ見つけていない虫がいるんじゃないだろうか。虫の前には小さな子がいたので、ゆっくり宝探しさせてあげたかったなあ。
しかし酒井抱一の12ヶ月と若冲の30幅でお腹いっぱいになってしまうせいか、見終ってから思い返すとずいぶんあっさりした展示だったような気になる。
それに、プライス展で行われた光の演出で、自然光やろうそくの明かりで見る日本画の美しさを知ってしまった身としては、金箔も抱一さんの鮮やかな色彩も山水画も、ゆらぐ光の中で見たいと願いながらの鑑賞になってしまうのですよね。明治期の新しい絵なんてびかびかだもんな。プライスさんの功罪深し。
そういったこととは別に、森狙仙の孫の代に当たる森寛斎のお猿はかわいかった。と思って家にある図録で狙仙さんの猿見たら…。寛斎の猿だって十分すごいのに、やっぱり本人が猿とまで言われた人は違う。
特別展から出た後にちょっと展示してあった土偶に胸がときめく。やはり土偶展はマストだ。
思ったほど混んでなかった。
今回の目玉はやはり若冲の動植彩絵30幅一挙展示でしょうか。しかし、さすがにじーっくりと見るほどには人は少なくないので、やや流し見になってしまった。それにあんまりじっくり見ると生気を吸い取られる。本気若冲の絵は、隅の隅まで際の際まですべてに顕微鏡並みのピントが合っている。ああ何もそこまでしなくていいんですよと降参してしまうのだ。私はこの狂気のテクと情熱を持った若冲が描くゆるゆる一斗絵シリーズが好きなので、すげえなーすげえなーと言いつつも負けてしまうのです。30幅一気は体力持たないわ。でもコの字型に30幅がずらーっと並んでいる光景は圧巻でした。あと、やっぱり群魚図の楽しさと池辺群虫図のわくわく感はすばらしい。虫は2度目だけど、きっとまだ見つけていない虫がいるんじゃないだろうか。虫の前には小さな子がいたので、ゆっくり宝探しさせてあげたかったなあ。
しかし酒井抱一の12ヶ月と若冲の30幅でお腹いっぱいになってしまうせいか、見終ってから思い返すとずいぶんあっさりした展示だったような気になる。
それに、プライス展で行われた光の演出で、自然光やろうそくの明かりで見る日本画の美しさを知ってしまった身としては、金箔も抱一さんの鮮やかな色彩も山水画も、ゆらぐ光の中で見たいと願いながらの鑑賞になってしまうのですよね。明治期の新しい絵なんてびかびかだもんな。プライスさんの功罪深し。
そういったこととは別に、森狙仙の孫の代に当たる森寛斎のお猿はかわいかった。と思って家にある図録で狙仙さんの猿見たら…。寛斎の猿だって十分すごいのに、やっぱり本人が猿とまで言われた人は違う。
特別展から出た後にちょっと展示してあった土偶に胸がときめく。やはり土偶展はマストだ。
2009年10月07日
10月7日「チベットは遠くにありて」
こんなの見せられたらきになってしょうがない『ポタラ宮と天空の至宝』展ですが、どうも気になっていたのは、その展覧会を開催したがったのはだれか、と。それらの宝を日本に持ってくる力のあるのはだれだ、と。まあ当然中国なんですよね。
ダライ・ラマ法王日本代表部事務所からは中国のプロパンガンダである旨の声明がきっぱり出てますし(こちら)、ずっとこの展覧会について抗議をしている人たちもいる(「聖地チベット-ポタラ宮と天空の至宝-」展に抗議する国際連盟 。こちらはまだちゃんと中身を読んでいません、すみません。)。
こういう展覧会をしたがるのはつまるところ、チベットを見えなくするのが目的なんだと思います。もともと乏しい情報のうえに、こういった展覧会だけを目立たせて、そこで知った情報を人々の意識の前面に立たせてしまう。文化的な側面だけで政治面に一切触れない、ないことにする。チベット問題の落としどころなんて分かりませんが、力を持つ側が持たない側の歴史を略奪してしまうのはいかんです。それをよしとしてしまう日本側の主催者と共催者はだめじゃんか。
2009年10月04日
10月1日「はな子詣」
2009年09月28日
9月28日
9月27日
三鷹の国際交流フェスティバルという、代々木のアースデイなんかを小ぶりにしたようなイベントに昼前から行って食べて呑んでunoをする。昼から外に座り込んで酒。にやにや。さらにドラムサークルの音と、いい味出してるお犬様やおじいをみながらの酒。うまい。
アルゼンチンの血のソーセージ的なやつ、おいしかった。
アルゼンチンの血のソーセージ的なやつ、おいしかった。
2009年09月27日
9月26日
フィルムセンターで『山中貞雄パラパラ漫画アニメ』と、山中貞雄が脚本に参加している『戦国群盗傳(総集編)』。
パラパラ漫画は、これが中学生の落書きだなんて信じられない出来。ズームやカット割で、駆ける馬や剣戟が生き生きと動き出す。ただの鉛筆の線なのに。あれよあれよという間に見終わってしまったので、もう一度じっくり見てみたい。欲を言えばスローめくりも見てみたい。
『戦国群盗傳』(1937年)は全体的にテンポがゆるくて、せっかくの設定のキレが生かしきれていないような感じ。それでも河原崎長十郎と中村翫右衛門をはじめとする前進座の面々が生み出す梁山泊の雰囲気はとにかく楽しくて空気が濃くて贅沢。翫右衛門の飄々とした感じは本当にはまり役だけど、まじめな顔してターザンばりのロープワークで馬を奪う長十郎にはつい笑ってしまった。若い加東大介も脇役ながら愛嬌のある顔を見せていて、このころの大介は鬼平の兎忠がすごくはまりそうとふと思った。そのほかにも、切妻屋根の盗賊たちの本拠地を燃やしたり、富士山をバックに高原を何十頭もの馬が駆けて西部劇みたいだったり、今の目で見るとすごく贅沢でわくわくする。
パラパラ漫画は、これが中学生の落書きだなんて信じられない出来。ズームやカット割で、駆ける馬や剣戟が生き生きと動き出す。ただの鉛筆の線なのに。あれよあれよという間に見終わってしまったので、もう一度じっくり見てみたい。欲を言えばスローめくりも見てみたい。
『戦国群盗傳』(1937年)は全体的にテンポがゆるくて、せっかくの設定のキレが生かしきれていないような感じ。それでも河原崎長十郎と中村翫右衛門をはじめとする前進座の面々が生み出す梁山泊の雰囲気はとにかく楽しくて空気が濃くて贅沢。翫右衛門の飄々とした感じは本当にはまり役だけど、まじめな顔してターザンばりのロープワークで馬を奪う長十郎にはつい笑ってしまった。若い加東大介も脇役ながら愛嬌のある顔を見せていて、このころの大介は鬼平の兎忠がすごくはまりそうとふと思った。そのほかにも、切妻屋根の盗賊たちの本拠地を燃やしたり、富士山をバックに高原を何十頭もの馬が駆けて西部劇みたいだったり、今の目で見るとすごく贅沢でわくわくする。



